目次
自閉症の人に起こる“オーティスティック・バーンアウト”とは
「前は学校に行けていたのに、急に行けなくなった」
「以前は一人でできていたことに、手助けが必要になった」
「音や光、人との会話に、これまで以上に耐えられなくなった」
このような変化が起きたとき、周囲からは、
「甘えているのではないか」
「頑張れば、またできるはず」
「少し休めば元に戻るだろう」
と思われてしまうことがあります。
けれども、本人の中では、見えないところで長い間、力を使い続けていたのかもしれません。
近年、自閉スペクトラム症の当事者の間で、オーティスティック・バーンアウト(autistic burnout)という状態が語られるようになっています。
日本語では、「自閉症バーンアウト」「自閉的燃え尽き」などと表現されることがあります。
これは、単に仕事や勉強を頑張りすぎて疲れた、という状態とは少し異なります。
オーティスティック・バーンアウトとは
2020年に発表された研究では、オーティスティック・バーンアウトは、次のように定義されています。
長期間にわたる生活上のストレスと、本人に求められることと実際にできることとの不一致が、十分な支援のないまま続くことで起こる状態。
その中心的な特徴として、
- 長く続く強い疲労
- 以前できていたことができなくなる
- 音、光、におい、人との関わりなどへの耐性が下がる
という3つが挙げられています。
研究では、こうした状態が一時的な疲れではなく、生活全体に広がり、数か月以上続くことがあると報告されました。
「何もしていないのに疲れる」のではない
外から見ると、本人がそれほど多くのことをしていないように見える場合があります。
けれども、自閉スペクトラム症のある人にとっては、私たちが何気なく過ごしている日常そのものに、多くのエネルギーが必要なことがあります。
たとえば、
教室のざわざわした音を聞きながら、先生の話に集中する。
相手の表情や声の調子から、気持ちを読み取ろうとする。
急な予定変更に気持ちを切り替える。
不快な音や光を我慢しながら、その場に居続ける。
周囲から浮かないように、表情や話し方を合わせる。
一つひとつは小さなことに見えても、それが朝から晩まで積み重なれば、心身のエネルギーは少しずつ減っていきます。
研究に参加した当事者は、オーティスティック・バーンアウトを、
「自分の内側にある資源を、限界を超えて使い果たしてしまった状態」
と表現していました。
「普通に見えるようにする」ことの負担
この研究で、とくに大きな要因として挙げられていたのが、マスキング(masking)です。
マスキングとは、自閉スペクトラム症に伴う特性を隠し、周囲に合わせて「普通に見えるように」振る舞うことを意味します。
たとえば、
本当は目を見ることがつらいのに、無理に相手の目を見る。
会話が苦しくても、楽しそうに相づちを打つ。
音や光がつらくても、平気なふりをする。
一人になりたくても、集団に居続ける。
分からなくても、分かったように振る舞う。
その場ではうまく適応しているように見えるかもしれません。
周囲からは、「困っていない」「できている」と評価されることもあります。
けれども、できているように見えることと、無理なくできていることは同じではありません。
私たちは、表面上できていることを見て、その人の余力まであると思ってしまうことがあります。
実際には、その一日を乗り切るために、本人が持っている力のほとんどを使い切っていることもあるのです。
以前できていたことが、できなくなる
オーティスティック・バーンアウトでは、単に「疲れた」と感じるだけではありません。
考えること、覚えること、予定を立てること、言葉を使うこと、身の回りのことをすることなど、これまで使えていた力が一時的に低下する場合があります。
たとえば、
- 朝起きて着替えることができない
- 宿題や仕事に取りかかれない
- 言葉が出にくくなる
- 人と話すことが難しくなる
- 感情を調整できなくなる
- 外出や買い物ができなくなる
- 料理や片づけができなくなる
といった変化です。
周囲から見ると「退行した」「怠けている」と感じられることがあるかもしれません。
けれども、本人は「やらない」のではなく、「できるだけの力が残っていない」状態なのかもしれません。
研究参加者の中には、いったん失われた力が、完全には元に戻らなかったと語った人もいました。
音や光、人との関わり
もう一つの特徴が、刺激への耐性が下がることです。
普段なら何とか耐えられていた生活音が、痛いほどつらく感じられる。
好きだった行事や家族の集まりでも、会話や人の多さに耐えられない。
においや食感に、これまで以上に敏感になる。
人と話した後、何日も寝込む。
このような状態が起こることがあります。
それまで楽しめていた場所に行けなくなると、本人も戸惑います。
この研究では、オーティスティック・バーンアウトに至る過程として、
生活上の負担が積み重なることと、
その負担を減らすための支援が得られないこと、
この両方が重要であると示されました。
学校、仕事、家庭、人間関係、感覚刺激、予定変更などによる負担が増えても、休めなかったり、助けを求めても理解されなかったりすると、エネルギーを回復する機会がありません。
「それくらい、みんな我慢している」
「考えすぎではないか」
「できていたのだから、できるはず」
そう言われ続けるうちに、本人も自分の感覚を信じられなくなることがあります。
限界を伝える言葉が見つからない。
断ることができない。
休む場所がない。
支援を求めても、支援につながらない。
その結果、本人に求められることが、本人の持っている力を上回ってしまいます。
オーティスティック・バーンアウトは、本人の努力不足というよりも、長期間にわたって無理を続けざるを得なかった結果として捉える必要があるのかもしれません。
うつ病とは同じなのか
オーティスティック・バーンアウトには、強い疲労、集中力の低下、希死念慮など、うつ病と重なる部分があります。
一方、この研究では、オーティスティック・バーンアウトは、うつ病や職業性の燃え尽き症候群とは異なる現象である可能性が示されました。
ただし、現時点では医学的な診断基準が確立された病名ではありません。
また、オーティスティック・バーンアウトとうつ病が同時に起こることもあります。
「バーンアウトだから、うつ病ではない」と自己判断することは危険です。
気分の落ち込みが続く、眠れない、食べられない、自分を傷つけたい、消えてしまいたいと訴える場合には、精神科や心療内科、小児の場合には小児科や児童精神科など、専門家による評価が必要です。
必要なのは、もっと頑張らせることではない
研究の中で、当事者が回復や予防に役立ったと感じていたのは、
休む時間を確保すること、
求められることを減らすこと、
感覚刺激を減らすこと、
自分の特性を隠しすぎないこと、
理解してくれる人とつながること、
必要な配慮や支援を受けることでした。
ここで大切なのは、本人を「元通りにする」ことを急がないことだと思います。
以前できていたことを、すぐに再開させようとする。
休んでいる時間を、無駄な時間だと考える。
人との関わりを増やせば元気になると思い、外に連れ出す。
よかれと思った関わりが、さらに負担を増やす場合もあります。
私は、できなくなったことを数えるよりも、まずは、その人がどれほど長い間、見えないところで頑張ってきたのかを考えることが大切なのではないかと思います。
子どもの場合にも、同じような視点を
今回の研究対象は、21歳から65歳までの自閉症の成人です。
そのため、この研究結果をそのまま子どもに当てはめることはできません。
小児のオーティスティック・バーンアウトについては、まだ十分な研究がありません。
ただ、子どもの診療や子育ての場面でも、
学校では頑張っているのに、家に帰ると動けなくなる。
休日は一日中寝ている。
突然、登校できなくなる。
癇癪や感覚過敏が強くなる。
これまでできていた身支度や宿題ができなくなる。
といった姿を見ることがあります。
そこに、不登校、睡眠不足、起立性調節障害、うつ病、不安症、身体疾患など、ほかの要因が隠れている可能性もあります。
だからこそ、「バーンアウトだ」と決めつけるのではなく、睡眠、身体症状、生活環境、学校での負担、対人関係、感覚過敏などを丁寧に見ていく必要があります。
育ちを見守るために
子どもたちと接していると、過度に対応しすぎたり、心配しすぎる必要もなく
だからと言って、一方的な見方で結論を急ぐことも避けたいと思います
診療の中で大切にすべきは、少し視点を変えることかもしれません。
本来の明るくて活動的なエネルギーがどうしたら発揮できるのかという視点で子どもたちと向かい合いたいです。
参考文献
Raymaker DM, Teo AR, Steckler NA, et al. “Having All of Your Internal Resources Exhausted Beyond Measure and Being Left with No Clean-Up Crew”: Defining Autistic Burnout. Autism in Adulthood. 2020;2(2):132–143. doi:10.1089/aut.2019.0079.
※本研究は、自閉症の成人19名へのインタビューと公開されているインターネット上の記述を分析した、小規模な質的研究です。対象者の多様性や一般化可能性には限界があり、オーティスティック・バーンアウトの評価法、予防法、治療法については、今後さらに研究が必要です。